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1: 誰そ彼 20/08/17(月)09:45:24 ID:qYm

 秦の始皇帝は中国の歴史上で初めて「皇帝」を名乗った人物として非常に有名だ。その始皇帝が不老不死の妙薬を求めて東へと遣わしたとされる
「徐福」という人物について、中国では「徐福とその一行が日本人の祖先に違いない」と信じている人が存在する。
 中国メディアの百家号は11日、「日本人は徐福とその一行の末裔に違いない」と主張し、末裔でなければ「徐福が引き連れていたとされる3000人の青少年たちはどこへ行ったのか」と問いかける記事を掲載した。
 記事は、不老不死の薬を求めていた始皇帝が遠方へと頻繁に使者を遣わしていたのは歴史文献にも残されている事実であるとし、徐福は始皇帝に対して
「東に仙人が不老不死の薬を持っている」と主張し、自分を遣わすよう自ら願い出た人物であると説明。
当時、徐福は始皇帝の絶大な信頼を得ていたとされ、一度目の渡航は失敗に終わったものの、再度東へと遣わされたと伝えた。
 しかし、ここで着目すべきなのは「徐福が2度目の渡航で3000人もの青少年を伴っていたこと」であり、その後は始皇帝のもとに戻らず中国の歴史上から忽然と姿を消したことであると主張。
略)
http://news.searchina.net/id/1691924?page=1

3: 誰そ彼 20/08/17(月)09:49:59 ID:49s
徐福ね~~ぇ

どっちかつーと
ユダヤの失われた第十部族じゃね

4: 誰そ彼 20/08/17(月)09:58:19 ID:yyP
そのうちキングダムでそういうエピが出てくるのかな

5: 誰そ彼 20/08/17(月)09:58:28 ID:wWr
日本人の祖先はモンゴロイドだと思います(冷静)

7: 誰そ彼 20/08/17(月)10:05:46 ID:fLW
弥生系の始まり…なら多少は分かるが

8: 誰そ彼 20/08/17(月)10:07:28 ID:N2R
昔、徐福伝説の本を読みあさったな。
事実かどうかはわからないけど、ロマンがあった。

11: 誰そ彼 20/08/17(月)10:53:36 ID:NOi
>>8
ロマンチストだね。


徐福さんも縄文人の末裔の可能性の方が高い。

10: 誰そ彼 20/08/17(月)10:46:35 ID:JNo
詐欺師が真面目に海を渡る分けないでしょうに
適当な場所に・・・江東とか半島とかで左団扇
だったに違いない

12: 誰そ彼 20/08/17(月)10:58:56 ID:gQf
義経がチンギスハンになった的な

13: 誰そ彼 20/08/17(月)11:11:14 ID:yH4
日本が無人だったことが前提になってるな

日本は無人だった→最初に住み着いたのは支那畜→だから、日本は支那領

こう持って行こうとしてるのが見え透いてる

26: 誰そ彼 20/08/17(月)13:14:57 ID:Xq0
>>13
違う。原住民を支配して天皇になったというストーリー。
つまり、中国が日本を支配した→今も支配する権利がある
と言う為の設定。

31: 誰そ彼 20/08/17(月)14:37:36 ID:SY8
>>13
>日本が無人だったことが前提

知人の中国人が真顔でいってたから日本列島は中国のもの
それはあると思います

14: 誰そ彼 20/08/17(月)11:20:04 ID:LP1
なんで日本が紀元前3世紀まで無人設定なんだよw

15: 誰そ彼 20/08/17(月)11:21:13 ID:MSt
日本には徐福の墓もあるし
キリストの墓も釈迦の墓もあるぞ
何も珍しいことじゃない

17: 誰そ彼 20/08/17(月)11:46:11 ID:fLW
>>15
楊貴妃とモーゼの墓もあるらしい

29: 誰そ彼 20/08/17(月)14:29:11 ID:49s
>>15
剣山はピラミッドなんだよ

59: 誰そ彼 20/08/17(月)19:27:40 ID:MSt
>>29
ジーザス…日本っていったい何なんだよ…
海外の反応風

61: 誰そ彼 20/08/17(月)19:32:39 ID:fLW
>>59
ありとあらゆるものの起源はあの半島だが
色んな有名人が終の住処とするのが日本らしい

16: 誰そ彼 20/08/17(月)11:24:12 ID:NOi
列島を離れて秦始皇帝とやらの悪どさに嫌気が差して列島に里帰りした縄文人の末裔だろ。

18: 誰そ彼 20/08/17(月)11:49:01 ID:5pX
始皇帝即位が紀元前221年のことだから、
それ以前から弥生文化があったし、奴国が漢から金印をもらったのも紀元後57年だから
仮に彼らが日本に到達したとしても、日本史にはあまり影響を与えていなさそうだよね

19: 誰そ彼 20/08/17(月)11:58:42 ID:cZJ
ウガヤ朝もお忘れなく

20: 誰そ彼 20/08/17(月)12:00:57 ID:5pX
しかし、東の海の向こうに楽園があるという伝説が中国にあって、
かつ、そこに行ってみようという探検家がいないというか、
中国人で日本に来たのが邪馬台国に(伊都国に?)来た張政と
奈良時代の鑑真だけっていうのが
なんとも不思議だよね
中華思想のために、東に限らず外に行きたがらなかったのか

21: 誰そ彼 20/08/17(月)12:15:46 ID:DFb
聖徳太子にはそういう認識なかったんだよな。

22: 誰そ彼 20/08/17(月)12:15:51 ID:x6Y
陶淵明の「桃源記」は支那本土内と言う設定で叙述されているが、それは表向きであって、実際の彼の心の底には我が日本列島があったのではないだろうか?

自云先世避秦時亂、率妻子邑人來此絶境、

とあるが、徐福の渡航そのものだ。
そもそも、陶淵明は六朝期の文人だ。
この六朝と言うのは、元々は華北(魏、西晋)の中枢的貴族だった人々が建てた国だ。
ゆえに、彼らは前時代の記憶として、遼東半島に自立せんとした公孫氏を魏が滅ぼし、返す刀で朝鮮半島に乱入した往時の隆盛をよーーく、記憶に留めているのだ。
楽浪郡、帯方郡を(支那本国支配下に)回復せしめ、遂に日本列島に盤踞(ばんきょ)せる邪馬臺國の卑弥呼女王をも冊封した、と言う史実を知識として没落後、東晋になった南朝時代に於ても覚えていたのであろう。
魏・晋の貴族たちは東洋の絶界に浮かぶ島嶼に蓬莱と呼ばれる神仙境があると言う幻想があった。

陶淵明はその伝承に触発されて綴ったのだと思う。
その幻想はきっと、徐福伝説と密接に関係するのだろう。

23: 誰そ彼 20/08/17(月)12:42:08 ID:MSt
sarchina 徐福 ってぐぐったら
思い出すしたら発作起こすみたいに徐福日本人の先祖説の記事あげてるのな

25: 誰そ彼 20/08/17(月)12:55:38 ID:dEY
痴漢冤罪みたいだなw
「お前がやってないんだったら、じゃあ誰がやったんだ?」
道理がまったく通ってない。

27: 誰そ彼 20/08/17(月)13:18:27 ID:Q2s
徐福って、日本ができてだいぶしてから日本に来た人でしょ。
なんでルーツになる。

28: 誰そ彼 20/08/17(月)13:21:06 ID:9zD
海の藻屑になったんじゃね
徐福一行の文献など日本には何処にも無いもん

30: 誰そ彼 20/08/17(月)14:37:17 ID:1Eh
昔気になって調べてみたが
徐福伝説の文献が一切見つからない。
神社も戦後のものばかり
ばかりか支那と直結してる下品な新造建築のものがあったり

国交樹立後のプロパガンダだろう

32: 誰そ彼 20/08/17(月)15:15:05 ID:bXl
えっと、その遥か以前に周の文王の兄が倭国に渡ったという伝説もある。
徐福は和歌山に漂着して、二階の先祖になったんだよw

33: 誰そ彼 20/08/17(月)15:25:10 ID:6ua
タイトルは実にポエムだねぇ
きっと北宋の『日本刀歌』(こんな精巧な刀を作れるのは徐福の若者達の子孫だからだ)
へ応じるようなポエムだろな。

35: 誰そ彼 20/08/17(月)16:00:21 ID:aPH
少年十字軍の子供も途中でどんどんいなくなってるだろ
つまりそういうことだ

38: 誰そ彼 20/08/17(月)16:33:04 ID:6ua
日本も徐福のような海外に出た人の伝説がある。
義経=ジンギスカン伝説。
江戸期に作られ明治期にマッチしちゃった伝説だけどね w
こう見ると支那の徐福人気を肌身で感じられる w

39: 誰そ彼 20/08/17(月)16:43:01 ID:wWr
源の血筋は北に行ったり南に行ったりと忙しいなw

40: 誰そ彼 20/08/17(月)17:42:55 ID:x6Y
“徐福伝説”でググってみろよ。
頭から否定出来んだろ。
確かに「日本人が徐福船団の搭乗員の子孫」と言う命題は偽であり、説として斥けるべきだ。
しかし、「徐福船団の搭乗員の子孫が一定数存在する可能性がある」と言う命題迄も否定するのは性急だと思う。
神道と陰陽道は密接に関係しているが、そもそも、陰陽道は支那の五行思想と不可分の世界観だろ?
国の伝統的習俗の根幹、漢字と陰陽道を共有する二つの民族共同体、古代支那と我が国が遥かな昔、何らかの交流があったことを否定するなどあり得んと思うぞ。

42: 誰そ彼 20/08/17(月)17:48:58 ID:x6Y
おれは徐福伝説には何らかの歴史的事実が含まれているような気がする。

43: 誰そ彼 20/08/17(月)17:57:07 ID:1Eh
「気がする」
チラ裏に書いとけよ
学術的な裏付けが無縁の話題を何十年もメディアが持ち上げてる時点で
プロパガンダ以外のものではないと断言する

45: 誰そ彼 20/08/17(月)18:02:44 ID:x6Y
>>43
じゃ、気がする。
希ガスと書いとくわ。

気がします。と言うか、気がすると断言します。
断固、気がすると主張します。

44: 誰そ彼 20/08/17(月)17:59:27 ID:x6Y
日本史板に「信長大好き」と言うタイトルのスレがあって、二三年前に名無しで何度も何度も投稿したが、相手してくれていた方はなかなか詳しい人でずいぶん触発されたよ。
スレの投稿の半分はおれで残りの半分はその人だったが、おれがこのコテハンを使い始めた途端、ドン引きされたみたいでレスの進行がピタっと止まっちまった。残念。
面白いスレなので興味のある方は覗いてみたら如何と思う。

47: 誰そ彼 20/08/17(月)18:09:50 ID:HMZ
徐福と3000人が原住民に対して優位な集団であれば言語は残ると思うがね。

49: 誰そ彼 20/08/17(月)18:12:11 ID:x6Y
>>47

残っている痕跡は“漢字”と言う事だと思う。

96: 誰そ彼 20/08/18(火)09:53:36 ID:6DX
>>49
徐福が来たとされる紀元前200年頃から金印伝来の200年までの400年間で完全に失われてると思う。

100: 誰そ彼 20/08/18(火)10:45:50 ID:Cpc
>>96

それな。
そう言う考えも当然あります。
ただですな。紀元前1世紀頃に成立した正史、「漢書」に拠るとですな。
(以下↓引用)

『漢書』地理志燕地条

「然東夷天性柔順、異於三方之外、故孔子悼道不行、設浮於海、欲居九夷、有以也夫。樂浪海中有倭人 分爲百餘國 以歳時來獻見云」
然して東夷の天性柔順、三方の外に異なる。故に孔子、道の行われざるを悼み、設(も)し海に浮かばば、九夷に居らんと欲す。以(ゆゑ)有るかな。楽浪海中に倭人あり、 分ちて百余国と為し、 歳時をもつて来たりて献見すと云ふ。

孔子が憧れ、渡航したかったと言う我が国は、前漢の時、既に支那本国に「歳時を以て来たり献見す」と言うからには、朝貢していた訳で、文字を解していたのは確実なのよ。

53: 誰そ彼 20/08/17(月)18:44:17 ID:fmW
何処へってそりゃ無茶振りばっかする皇帝から弟子共々逃げたんでしょうな。
ちょっと霊薬探してきますわぁとかテキトーな事言ってw

56: 誰そ彼 20/08/17(月)19:01:05 ID:NOi
神代文字→片仮名→甲骨文字→漢字→万葉仮名→平仮名

漢字の原初体の甲骨文字の前後から考えてみようよ。

江戸時代の識字率がどうのこうの言うが現代みたいな印字された物を読む訳でも無く、キーボードでカキコしてた訳でも無いから。
墨書で書かれた草書を読んでそれを書けたんだよ、江戸時代の日本人わ。
だから漢字を使い熟せてたのは日本だけ、赤い学者どもに旧仮名遣いを奪われてしまったけどね。

85: 誰そ彼 20/08/18(火)01:44:17 ID:7td
>>56
片仮名は万葉仮名の漢字の一部
平仮名は万葉仮名の崩し字の定着

60: 誰そ彼 20/08/17(月)19:29:49 ID:MSt
3000人の内500人が子供じゃ来日で大半亡くなってそうだなあ

63: 誰そ彼 20/08/17(月)19:40:28 ID:YvR
>徐福公園
>元来この地には徐福の物とする墓があったが、1994年(平成6年)の8月にそれを中心として
>今ではこの公園の目印ともなっている中国風の楼門を設置するなど、大々的に整備が行われ現在のような公園となった。
>財団法人新宮徐福協会

こんなの作ってヤバくない?
侵略が活性化したバブルの頃に完全にマーキングされとるやん

79: 誰そ彼 20/08/17(月)23:52:50 ID:4TO
>>63
徐福は支那古来の神仙信仰の導師。
であれば日本で似通ってるのは山岳+岩などの信仰+雑=修験道。
熊野新宮とか修験道の連中が伝承を作り上げたと見ていいでしょうし、
各地の弘法大師伝承に対抗するように全国的にもそういう例があるでしょうな。

101: 誰そ彼 20/08/18(火)10:50:07 ID:aGb
一つには、熊野古道の開発経緯からと思った。>>79氏の見解。

蟻の熊野詣と言われるほどに熊野三山が栄えたのは平安時代。
では熊野古道が開発されたのは何時かと問えば、役行者の時代と思う。
役行者は大化の改新の少し後に誕生。7~8世紀の飛鳥奈良時代を生きた人。
修験道の開祖、と云う言い方が正しいかはさておいて、日本中の山という山に役行者の足跡がある。
日本の山を、ほぼ開山しているのは役行者。
信仰されてる方々には不遜な物言いで申し訳ないのだが、余程山歩きが好きだった方のようだ。
昔の人で日本中どこに行っても名前を見かけるのは、この役行者と行基くらいのもん。

役行者の本拠地は三重と和歌山の中間の山岳地帯。
はっきり根拠を示せはしないが、熊野古道の開発に、大きく貢献されたであろう。
なお熊野古道が、2本か3本くらいあるものと誤解している人は多いが、
紀伊半島中を血脈のように張り巡らせている路の総称が熊野古道。

104: 誰そ彼 20/08/18(火)11:26:49 ID:SN1
>>79
熊野や日本各地に徐福伝説があるのはかまわないけど
最近の中共デザインで新しく上書きされてるのはいいの?

105: 誰そ彼 20/08/18(火)11:38:16 ID:xqk
>>104
それね。上書きする為には真実を隠して何かを捏っちあげないとね。

>徐福は支那古来の神仙信仰の導師。みたいな事かもね。

106: 誰そ彼 20/08/18(火)11:52:17 ID:aGb
>>105
>徐福は支那古来の神仙信仰の導師
確かにこれは初めて聞いたな。

109: 誰そ彼 20/08/18(火)12:53:16 ID:UXW
>>106
術者(方氏)としても良かったが、空飛んだり、薬草探しと薬を作ったりしてると、ほらアレを思い出すでしょ。
支那では詐欺師、犯罪関連の疑いもあるのを少しイメージしておかんとね w
導きのような口からでまかしで、他国の財産を掠める政府と社会がある民族集団もありますしね。
3者似ては居るでしょうなぁ。

110: 誰そ彼 20/08/18(火)13:03:28 ID:L9y
>>79
この人役行者のこと知らないのかな

111: 誰そ彼 20/08/18(火)13:26:50 ID:xqk
役行者(古代豪族葛城氏族の出)ー金峯山寺ー山岳修験道ー空海ー高野山金剛峯寺ー真言陀羅尼宗
葛城氏ー国栖人ー山の民ー土蜘蛛ー四国山地の山岳鉱脈掘削作業の主力
>>110
知らない人多いね。
だけど知ってる人はその偉大さも知ってる。
空海が金峯山寺と似た金剛峯寺と命名したのも役行者へのリスペクトだろう。

112: 誰そ彼 20/08/18(火)18:29:31 ID:aGb
>>111
役行者は知れば知るほど面白いんですよね。
朝廷が行者を飛ばした要因など考えると、日本の古代の社会のあり方が見えてくる。

また、日本における神仏習合の進みっぷりは、現代人の考えを軽く凌駕する。
空海が、そも土地神に導かれて高野山を見出したり、様々なお上人が熊野で天啓を受けたりしたことなども。
熊野は十津川郷士の影響があり、神仏分離をきっちりやった所でもある。
時代により移ろう形も様々。日本の歴史は長く厚みがあって、本当に面白い。

インチキな中共のプロパガンダは伝統美術芸術などにさえ及びます。
中華の歴史も長く面白いのは間違いないけれども、現代支那が持っている歴史の情報は、まがい物が多くペラペラなもの。
その厚みを支えているのは、日本側の資料ということが多々。
容赦なく限りなく軽い彼らの偽情報など叩き潰して行きましょう。
ただ、大学の教育機関などに帰化人が入り込んでいるのは、かなり不味い。


66: 誰そ彼 20/08/17(月)20:00:35 ID:HVx
遺跡に残っているだけでも万年単位で縄文文明がつづいているのに、先祖もなにもないでしょw

68: 誰そ彼 20/08/17(月)20:13:46 ID:fLW
>>66
弥生人かもよ
縄文文化は平和だったが弥生時代になったら
争いが起きたって話だし
縄文系と弥生系とでは顔の造りが違うっていうし

69: 誰そ彼 20/08/17(月)20:15:21 ID:1Eh
>>68
それも完全な捏造だったと発覚したけどな

72: 誰そ彼 20/08/17(月)20:20:09 ID:fLW
>>69
年代的に合わないのを知っててあえて乗ってみたw

76: 誰そ彼 20/08/17(月)21:29:44 ID:jUv
言語的にはトルコ~モンゴルのが近い
北からの説を推す

78: 誰そ彼 20/08/17(月)23:52:19 ID:gr7
徐福が日本に来ていた可能性は否定せんが、
徐福が来る前から日本列島には人が存在していたわけだが。

他の人もさんざん指摘してるが、この説主張してるボケ中国人は、
「徐福が行くまで日本列島は無人だった」という前提で喋ってるバカ。

81: 誰そ彼 20/08/18(火)00:29:55 ID:kqo
熊野三山に徐福との縁起が伝えられてるなんて初耳ですが、誰がそんなキテレツな説を?

82: 誰そ彼 20/08/18(火)00:34:51 ID:Yh4
真の日本人は縄文人だからな!
弥生時代以降に渡来人が増えたから縄文人は列島から出て行った
事実、南米エクアドルで縄文式土器が多数発見されてる

84: 誰そ彼 20/08/18(火)01:14:37 ID:DvT
富士=福慈=不死=蓬莱山。
こんな連想を平安期の僧が描いたかも知れない。
しかしそれ以前に山岳信仰の霊山として浅間信仰。
この祭神がコノハナサクヤヒメ。その親父さんが富士山麓の三島大社の祭神大山積。
しかし何で命短しサクヤ嬢と思ったら、火中出産での火の神だそうですな。
「妾が生める児(みこ)及び妾が身、自(おの)ずから火の難(わざわい)に当(あ)えども、少しも損(そこな)える所無し。」
これが修験者の火渡り、また護摩拝火での長寿祈祷の由来か?。
しかし神仙の関係では飛昇、不死が仙人の条件で、山岳修行と長寿は一緒だが、手法は日本古来のものと見てよいでしょ。

同じ山岳アミニズムの中、支那の徐福物語で日本がどのような影響があったのか?で修験道に当てたが、そう大して影響はないようだ。
ただ神仙の環境が墨絵のモチーフなど長らく日本知識人の理想郷の一つとして日本古来の考えと合体していたのは確か。
そこに日本の徐福人気があったと思われる。

87: 誰そ彼 20/08/18(火)03:30:07 ID:o3D
本当に楽ならこんな中二しねえよ!

91: 誰そ彼 20/08/18(火)07:19:21 ID:VSn
様々なトンデモ文献(騎馬民族征服説も含むw)を総合すると、我が国の皇室は周王朝の末裔だから、中華文明の始祖たる黄帝の末裔でもある。
つまり、中国全土は我が国の皇室に帰服するのが正当であり、簒奪者の共産党を滅ぼす必要がある。

92: 誰そ彼 20/08/18(火)08:16:54 ID:xWg
富士山を調べて思った事。
「あさ」マと「あそ」の同音同義。やはり火山の意味だが、後の浅間信仰は火山に限らなくなる。
そこで漢音の「せんげん」様信仰になるのか?
周辺に縄文後晩期のストーンサークルがある事、筑波山も同様=日支共に山を長寿の象徴とする。
そこで岩長姫=不死。ただし不死(フシ)は漢音。常陸風土記以前、どの時期からそう呼ばれたか?

同緯度で同じ(自然)環境だと文化の伝播はその親和感で早い。
支那が日本と同じ米国文明の環境になった点で、日本の徐福文化と若者達の福慈ネット伝播は今後もますます続くでしょう。

94: 誰そ彼 20/08/18(火)09:27:49 ID:NAz
DNA完全無視のファンタジー

つーか、徐福が日本にたどり着いていたとしても
どっかの入江に集落を造って○○氏の先祖になれたら御の字

各地の貴族豪族が自分の氏の由来を朝廷に届け出アピールしたときに
自分らは徐福の子孫だと伝承されている氏族が居れば
名乗り出ないわけも無く

95: 誰そ彼 20/08/18(火)09:45:17 ID:xWg
>>94
向こうも徐福や従者本人達の事を言ってるわけではなかろう。
もはや狂信と呼ぶに相応しい韓国社会じゃあるまいし。

>DNA完全無視
長江、淮河、山東半島周辺は、とも言い切れない。
南支からのDNAの拡散と文化の伝播がどう絡みあってるかが、自分のこのスレのテーマだね。

97: 誰そ彼 20/08/18(火)10:16:55 ID:xqk
夏、商、殷、周などを幻の王朝にして後の秦を始皇帝と言う特ア。
商は足ない人と言う意味だ説は土着民じゃなくて、喜界カルデラの大噴火などで列島の特に西辺りから避難に来た縄文人の末裔だったんだろう。

徐福もその中の一人、若しくは一族だったから極東に不老不死の薬?が有ると言う伝承を知ってたんだよ。
なんせ新石器~縄文は二万年の途方もない長い文明だったから。

98: 誰そ彼 20/08/18(火)10:27:03 ID:1FI
周までは神様当人が彷徨いてた扱いだから、人身位を極めた皇帝とは扱いは違うでしょう。

102: 誰そ彼 20/08/18(火)10:50:12 ID:aGb
つづき
長くなってウザくてスマンけど、
戦国時代、各地の寺の宗派が、がらりゴソリと変わっていることがある。
寺々、といってもこの頃は神仏習合、は、16世紀戦国で世が荒れると同じくして、勢力争いがあったようなのだ。
無論、領主が代ることによる変化と捉えることもできよう。
が、僧侶達も生きた人間であった以上、勢力交代には生々しい何やらがあったと考えられる。

79氏の語った修験道や新宮が、というのは、その辺りの時代背景を意識して言われたものでは、と思った次第。

なお、熊野三山と修験道の繋がりと云えば、源平時代、三山を統括した熊野別当、湛増の子が武蔵坊弁慶と言われている。
熊野三山に徐福との縁起が伝えられてるかどうかは、知りません。

103: 誰そ彼 20/08/18(火)10:58:31 ID:UXW
フジに拘るが八世紀の土田舎の爺が、漢音で山の名を表音するとは思われない。
もし思い違いなら富士山麓に徐福一行が上陸したに違いない!
とまぁコリアン風ですが、フジを倭語で解いて見ましょう。
まず似てる音で、アジ、トジ(刀自)、刀自は戸主(とぬし)の短称。
とすると、フの主という事になるが、フまたはプは漢音と同じで風を意味する。
この風を噴火と捉えれば、まぁそこそこ合う。
ちょっと簡単すぎて、もう少し凝ります。
フシシとしてフシはクシの訛りではないかと。つまりクシもしくはクジのヌシの山。
となると、どことなく神々が降りる山の雰囲気が出ますね w

107: 誰そ彼 20/08/18(火)12:19:34 ID:xqk
空海伝説を出すなら、父母の出自から考え無いと見えて来ないから。
彼方此方に遺す伝説は空海の父が四国山地の鉱脈を監督する大和朝廷の役人だった事実を知らないとね。


120: 誰そ彼 20/08/18(火)20:50:13 ID:uzA
▼清王朝の祖先は源義経
≪朕姓源義経之裔、其先出清和、故号清国≫
つまり「私(清王家)の姓は源といい、義経という人の末裔である。源義経の出自は清和(天皇)であり、それ故に国号が清となった」と、清の六代皇帝が自ら記してカミングアウトしている

▼琉球王朝の祖先は源為朝
琉球王国の正史『中山世鑑』や『おもろさうし』、『鎮西琉球記』、『椿説弓張月』などでは、このとき源為朝が琉球へ逃れ、大里按司の娘と子をなし、その子が初代琉球王舜天になったとしている

つまりアジアは、知らないうちに清和源氏が既に支配していたという事

129: 誰そ彼 20/08/19(水)12:48:06 ID:Glx
>>120
え~!? 自分はチンギスハンが源義経って聞いたことがあるよ。

134: 誰そ彼 20/08/19(水)19:51:44 ID:0yT
>>129
・記録に残る義経の生まれた年は西暦1159年。
ジンギスカンの生まれた年は、ちゃんとした記録が残っていないため、はっきりしないが、学者の研究によると、1158年~1162年ごろらしい。 
つまり、この二人がほぼ同時期に生まれている事は間違いない。

・義経が殺されたとされるのは(つまり歴史上から姿を消したのは)、西暦1189年。
ジンギスカンが初めて歴史上に登場してくるのが1193年~1194年ごろ。
この二人が同一人物だと仮定しても矛盾しない。

・水戸光圀(つまり水戸黄門)編纂の『大日本史』によると、当時からすでに、義経は衣川で死なず蝦夷へ逃れたという言い伝えがあった事がわかる。
また、義経の死に関しての疑問点も記されている。

・義経の首が鎌倉に届けられるのに、百三十里の距離を43日もかかっている。
年中で物の腐敗が一番早い6月後半から8月始めの暑さの中をである。
当然、首は腐敗していたはずで、検視官が見ても、その首が本物であるかどうかの判別など付くはずもなかった。 
つまり、わざと首を腐らすために時間をかけて運んだと考えられる。

・東北地方から北海道までの特定のコース上(宮古→八戸→三厩→福山→日高)に、義経ゆかりの遺跡といわれるものがいくつも存在している。
衣川を脱出した義経一行がたどった経路だと考えられる。

・ジンギスカンは旧名をテムジンといった。
日本では偉い人を天神様というが、テムジンとは、日本語の天神(テンジン)がなまったものでは?

・源義経を音読みすればゲンギケイとなる。
それがなまってゲンギス→ジンギスとなったのでは? また、汗(カン)という称号も上(カミ)が変化したものと考えられる。 
つまり、ゲンギケイカミ→ジンギスカン。

・蒙古史の中でも、伝説的なジンギスカンの前半生に関する部分に現れる挿話には、日本の源平合戦の各場面とそっくりな話がいくつも登場する。

・蒙古語は日本語と文法がほとんど同じで、言葉ごとに訳語をあてていけば、そのまま日本語になる。
また、食物、着物、相撲、巻狩りなど、蒙古人の風俗習慣は、日本の鎌倉時代の風習によく似ている。

・ジンギスカンは、その生涯を通じて「九」という数字にこだわった。 
義経の別名は「九郎」である。

・ジンギスカンの孫、フビライの代になって、モンゴル帝国は完全に中国を征服。
国号を元とした。
この「元(ゲン)」という国号は、源氏の「源(ゲン)」に別の文字をあてたものと思われる。

・時代が下って、中国王朝の清(シン)の皇帝は、自らをジンギスカンの子孫と称した。
清の歴史書の中には、六代皇帝、 乾隆帝自身が筆をとって書き記した部分があるのだが、「私の姓は源といい、義経の末裔である。先祖は清和源氏から出ており、そのため、国号を清と定めた。」と記されているのだ。
つまり、中国の皇帝も源義経=ジンギスカン説を認めていた事になる。

121: 誰そ彼 20/08/18(火)21:59:46 ID:xqk
第一一五代桜町天皇の享保二十年、徳川吉宗八代将軍の時代なんだね、その六代目とか言うのわ。
此方は既に亜細亜一の國だったし(イスパニアなどの宣教師や、江戸幕府が邪魔をされた朝鮮通信使という泥棒レイパー朝貢係が記録してる)

その説は知らなかったけど、義経公の名が弱いシナーに利用されてたりしてもおかしくはないね。
鎮西八郎さんなら充分有り得るか。

125: 誰そ彼 20/08/19(水)06:58:25 ID:H4G
燕を滅ぼした秦始皇帝。
このころの支那は朝鮮と半島の事は良く知っている。
徐福も薬草取りで行ってるんじゃないかな?
詐欺師山師だったら、沖合いに出て遼東半島に向かって半島沿いに南下すればすぐ倭に着く。
遣唐使船と同じなら1艘百数十人、20艘の船団。
「狗邪」か「安邪」で補給と風待ち。もう倭人伝の世界だね。
と、日本の徐福伝説を作り上げた人達も思ったろうね w

132: 誰そ彼 20/08/19(水)15:25:11 ID:Jfm
嘘臭い
そもそも徐福なる者が実在したのかどうかも怪しいというのに
古代の言い伝えを真に受ける奴はおらんだろ

136: 誰そ彼 20/08/19(水)20:09:48 ID:bZL
言葉の通じない穢いおっさん共がゾロゾロと海から上がって来たら、直ちに滅ぼすと思う。歓迎されると思い込んでる思い上がりの強い中共人民。

137: 誰そ彼 20/08/19(水)20:26:10 ID:Jfm
>>136
おっさんは一人だけで他は美男美女の童子たちだよ
そりゃ誰でも歓迎するよハアハア

138: 誰そ彼 20/08/19(水)20:34:01 ID:iKb
>>137
要点はそれを裏付ける証拠が
日本側には一切無いって所だけ

物証なし、文書なし、遺伝なし
伝承ときたら、1980年台以降になってから持ち出されてきたものだけときた。

141: 誰そ彼 20/08/19(水)22:05:46 ID:8uP
>>137
中国の基準での美男美女が日本でも美男美女かどうか…

142: 誰そ彼 20/08/19(水)22:10:13 ID:I06
日本には昔から大陸から亡命者が来ていた。
そして天孫族は文字を持たずコメ好きだ
よって長江流域の国家春秋呉の王族が天孫族のご先祖様に違いない

153: 誰そ彼 20/08/20(木)18:32:46 ID:96D
どんな従者達だったんだろうね。
まず神仙学者(薬草関係・浮遊で呪術)
次に上陸地点での食料班。
 航海中でノアの箱舟よろしく豚鳥関係は飼っていたか?
 海の魚は食べたか?当時火起しはどんな方法だったか?
次に金属班。原料は持って行ったろうね。

女性は現地調達か?それとも居たか。水夫は倭のように嫌がらなかったか?

160: 誰そ彼 20/08/21(金)00:58:18 ID:QXn
スレタイ3,000人の童男童女の話か

少年十字軍みたいな感じで、奴隷に売り飛ばしたんと違うんかな?

164: 誰そ彼 20/08/21(金)05:56:05 ID:aay
>>160
それは詐欺師なら有力な説だが、どこへ売って何と交換したかだな。
秦支配地では無理。劉邦項羽の混乱時代なら支那国内で何とかなるが。

166: 誰そ彼 20/08/21(金)14:03:43 ID:iZK
縄文時代の人口コピペが

縄文時代の人口は、縄文早期の2万人から縄文中期の最盛期の26万1千人まで順調に増加したが、縄文中期を過ぎると反転し急激に落ち込み、縄文後期は16万人、縄文晩期は7万6千人まで減少した。 1万年ほど前、日本列島の年平均気温は現在よりも約2度低かった。

弥生人の渡来は環太平洋諸国に散らばってた縄文人の末裔が里帰りしただけ。

174: 誰そ彼 20/08/23(日)08:27:42 ID:lEQ
ところで共通するのが天に近くて近寄りがたく生き辛いとして
各地域の山岳信仰には特徴があると思うんだが、
支那の神仙信仰では俗に仙人は霞を食べて不死を得るとして、
これは薬草や山菜で生きていた可能性があるね。
つまり当時の人肉食など人倫に反してる高度な意識とともにベジタリアンだった。
ベジタリアンの可能性が高い徐福が日本に来たから、穀物食が主流になった!
という仮説はまぁ1%あるかないかだね。
でも殺生禁止令は仏教がメインだが、神仙の影響が弥生期から続いたとしたら無いとはいえない w

178: 誰そ彼 20/08/23(日)09:53:00 ID:JY0
山岳信仰ってチベット仏教じゃなくて中国仏教なの?
中国仏教って呼び方はあんまり馴染みがないけど国交正常化以降一般化したんかの
昔は仏教っていうとインドだったがの

180: 誰そ彼 20/08/23(日)13:36:38 ID:3m2
>>178
支那仏教の山岳信仰ってのは初めて聞いたが、言われれば、叡山に高野山。
奈良期の国分寺とは違った俗世から離れ修行としての山生活ではあるが、
叡山の国家鎮護を考える時、それとはまた違った意味があるんだろうね。
最澄が支那で修行した南支の寺、と同じ地域の鑑真和尚の寺も確か山、山門だわな。

181: 誰そ彼 20/08/23(日)13:51:56 ID:ueH
支那の山岳信仰なんて聞いたことねえよ
仙人の不老長寿に憧れて有難がってるだけだろ
それが山に住んでる、って設定なだけだな

山そのものが信仰の対象になってる日本人とは、性質も思考も根本的に異なる
「山」一点だけを抜き出して、出鱈目なこじつけをしてるだけ
しかもそもそもの徐福は、不老不死の妙薬を探しに行く=仙人ではない、という

182: 誰そ彼 20/08/23(日)16:07:30 ID:wLQ
なんかさ、Go West で命がけでインドまで経典を貰いに行ってたくせに
最近は中国が仏教の起源みたいに主張し始めてて草

シルクロードも中国が始まりみたいなことを言ってたし
中共思想で上書きしたくてたまらないんだろうね

189: 誰そ彼 20/08/23(日)22:45:07 ID:0Lq
日本は皇族と貴族が十二単着たあたりから独自進化遂げてるよ。
中韓なんて意識してきたとは思えない。
意識してるのは現在の自分の国に満足できない中韓人だけ。

191: 誰そ彼 20/08/24(月)05:59:55 ID:3LO
>>189
いや聖徳太子が2回目の遣隋使を送った辺りから独自路線と言う話。

1回目で中国(随)に親書を送ったが意味が理解できなくて「駄目だKorea」となって
有名な「日いずる天子から日しずむ天子」と言う文言をになったと言われている。

190: 誰そ彼 20/08/24(月)05:08:22 ID:VV9
焚書坑儒(学者の穴埋め)の始皇帝が、なんで後に詐欺師扱いの徐福の言い訳を信じ許していたか?
李斯の「禁書令」には、
医薬、卜筮(占い)、種樹(農業)の書物は焼かなくともよい。
というのがある。
始皇帝は夢占いも良く聞いてるんで、当時は「なんで?」という疑問に対する科学だったんだろうね。
また神仙は薬草もあれば錬金もあったというから、これも工学ってところがある。
同じ「禁書令」では
「古を以て今を非(そし)る者は賊せん」というのがある。

朝日新聞がその思想ゆえに憎悪をむき出しにした「白虹事件」というのがある。
当時これを「筆禍」(ペンの災い)としてるが、李斯の気持ち?ではなく彼の理論としてわからんでもない。
同じ時期、朝日新聞は大阪米騒動の原因となった風評を流している。

192: 誰そ彼 20/08/24(月)14:05:11 ID:Y3F
二万年以上の新石器/縄文/弥生に築いた文明は世界一だから。

人類最古の手製の道具は磨製石器。

194: 誰そ彼 20/08/24(月)15:23:57 ID:pfo
>>192
土器の製作も人類最古だ。
漆器もな。
縄文式土器は人類最古の土器。

199: 誰そ彼 20/08/24(月)22:37:39 ID:sna
中臣鎌足は百済王子の豊璋だっていう説でしょ
武田鉄矢が何言ってるのかは知らんけど古代史家?の関裕二氏が唱えている説じゃないかな
日本に人質として置かれていた豊璋が本国百済を救済するため中大兄皇子をそそのかして乙巳の変を起こし
百済救済の軍派遣に反対する蘇我氏を滅ぼしたって説だったかな
乙巳の変を外交問題ととして捉えその後の白村江の戦いへと繋がる話だったと思う
豊璋に関する記録をたどっても状況証拠として矛盾は無いらしいw
白村江の戦いで負けて日本に戻った豊璋が没落貴族中臣氏を乗っ取って出自を中臣氏と偽った
それで自分の子孫を藤原氏として政権中枢に居座らせ中臣氏には祭祀担当として宮中に居場所を与えた
それまでの日本は天皇を担ぎ豪族が連立して政治を行っていたのに藤原氏は権力を独占するようになった
そういうやり方は日本的では無くいかにも朝鮮系の発想だと書いていた気がする

203: 誰そ彼 20/08/24(月)23:53:47 ID:NYe
はいはい、独自進化じゃなくて
最初から遺伝子構成が重なっていませんから。
no title


嘘を混ぜるのは一割だけって、プロパガンダの基礎を教わらなかったんですか。

204: 誰そ彼 20/08/25(火)00:06:57 ID:HZp
>援助を得たものの、その後始皇帝が現地に巡行したところ、実際には出港していなかった。
>そのため、改めて出立を命じたものの、その帰路で始皇帝は崩御したという記述となっており、
>「不死の薬を名目に実際には出立せず、皇帝から金品をせしめた詐欺師」として描かれている

100年程度後の史記の記述がこうだもんな
日本に行かずにバッくれた、という説のほうが余程自然だろう
実際に日本に来ていたとしたら、当時の人工での三千人なんて日本人のかなりの割合になってる筈だもんな

205: 誰そ彼 20/08/25(火)00:16:48 ID:Jr8
日本の熊本辺りに到着した説も有るみたいだが、熊襲や隼人に水際で全滅させられた可能性も有る、
大和は穢れや祟りを嫌って慰霊碑や物語にして封じ込めたとか。

208: 誰そ彼 20/08/25(火)11:18:53 ID:rSM
米は中国の南部経由らしいな。
DNAでの調査だから間違いないかと。

209: 誰そ彼 20/08/25(火)11:25:46 ID:gw8
寒冷地の半島経由でコメが来る方が不自然だよね
しかも考古学的にも半島も西日本もほぼ同時期に米作が出現しているし
文化的にも大陸南部の淮河や揚子江流域の匂いが強い

217: 誰そ彼 20/08/26(水)12:38:50 ID:RQv
天孫と隼人と縄文人が祖先だよ。天孫は薩摩日向から東九州山陽道と神社と田んぼを増やしながら日本を米の国にした。麦を粉にして麺を食べるチャイナとは明らかに違う

218: 誰そ彼 20/08/26(水)14:03:20 ID:8qk
古代の奈良県桜井市辺りをいち早く根拠地にした葛城氏ー国栖人ー手長足長ー長脛彦らも祖先だよ。
>>217
その麦を粉にする挽き方も二万三千年前からクッキーやハンバーグ(挽き肉入りクッキー?)を調理していた縄文人が遺してやったとしても不思議じゃないしね。

219: 誰そ彼 20/08/26(水)17:06:14 ID:Oz0
山海経(春愁戦国)、《始皇徐福》、漢代女?伏義の邪体ブーム、唐代の仏教。
庶民文化はどうも妖怪、怪獣ものが基礎になり、個々の想像力を刺激して様々な考えが生まれ、社会が発展したんだろうと思う。
キリスト教新旧聖書にもこれがある。
始皇徐福の時代は合理で型に嵌められたもので専制、キリスト教も合理を基本として教条的になっていく。
当然日本も縄文晩期のミミズク土偶から昭和終わりまでこれが盛んでした。
さぁ今は?世界統合の秩序の合理にはめ込まれ、このままでは専制下になるでしょう。

216: 誰そ彼 20/08/26(水)11:53:52 ID:35K
日本人の祖先はやはり大和民族だろ
梅原猛によると縄文人が祖先だそうだが
転載元:https://uni.open2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1597625124/